ポケモンのゲームが欲しかった6歳のころ。赤青緑、ではなく黄色!


当時6歳だった私は、あるゲームが欲しくてたまりませんでした。全世界で人気を博し、最近ではスマートフォン片手に散歩しながら楽しめるようになった、黄色のネズミがトレードマークのあのタイトル。

そう、ポケモンです。そして、ポケモンはポケモンでも、赤青緑色の三色からなる、ゲームボーイ専用の元祖ポケットモンスターでした。逆算すれば年齢がばれてしまいますが、私が通っていた幼稚園のキッズ達(私も含みます)は、やれシゲルだ、オーキドだと大盛り上がりでした。

友人A:「ねえねえ、フシギダネのレベルは上がった?」
私:「フシギダネ?」
友人A:「フシギダネを知らない!?」

嫌でした。一緒に皆とポケモントークをしたい。心からの願いでした。

12月半ば、両親が私と弟の二人にある嬉しい報告をくれました。

母:「旅行にいきます!」
私:「何処に?」
母:「東京!」

その日から私と弟は旅行のことで頭が一杯になりました。二泊三日の内、2日目に東京ディズニーランドに行くというプランは、更に私と弟の胸をときめかせました。翌日からはテレビ画面に白黒のネズミが飛び回り、黄色のネズミは頭の片隅に封じ込められるようになりました。

しかしながら、幼稚園に行けば、ポケモンの話題は常に私の四方八方に飛び回っていました。挙句の果てには、先生までもがゲームを始めたらしく、赤・青・緑と園児達を3チームに分かれさせては、ボードに各タイトルのメインカラーであるモンスターを張り付けていきました。

月日は流れ、1月下旬、待ちにまった東京旅行の日がやって来ました。行き交う人の群れ、テレビ画面で天井に頭をぶつけてはおどけていたキャラクター達と一緒に写真撮影をしながら、東京観光を心の底から楽しんでいました。

最終日。私が朝起きると、テーブルの上にリボンのついたカラフルな小包が置かれていました。

「誕生日おめでとう」

母が言いました。
嬉しさのあまり、その小包を少し乱暴に破りました。四角い形の大小二つの箱が包装紙の中から顔を覗かせました。ゲームボーイ本体と、今まで見たことの無い黄色いネズミがメインカラーとなるゲームソフト。

どうやら両親は、東京にポケモンストアが開店したことをいち早く聞きつけ、私に内緒で限定生産版である本体とソフトの両方を購入してくれていたようでした。幼い私の手に感じられる重みが、とても嬉しかったのを今でも覚えています。

その日から、私はゲームに夢中になり、先に行く周りのライバル達に負けじと必死にプレイしていました。購入してから1週間ほどは楽しかったポケモントークも、どうやら私のプレイ時間は彼らの予想をはるかに上回ったらしく、気づけば、私の進行速度は周りの追随を許さないものへと変わっていたようでした。

友人A:「バッジはゲットした。僕、いま6個目!」
私:「四天王」
友人A:「???」

一月経たぬうちに、家内で夜間のゲーム禁止令が発令されたことは言うまでもありません。